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ごー
タイムアスモデウス
ごー
まりもっこす
Katherine
路地裏ヒロイン譚
■タイトル 

熟女ヒロイン:マーシャル・ゼニス陥落 ~光が闇に飲まれる時~ [No.11472]

■プロット
ACT-1

街には、いつも不安があった。
レギオンが、いつどこで牙を剥くか分からない。

それでも人々が、前を向いて暮らせていたのには理由があった。

マーシャル・ゼニスを纏い戦う、
ひとりのヒロインがいるからだ。

その名は、志穂。

純白を基調とした強化スーツが、志穂の身体を包み込んでいた。

金属でありながら流線的で、
装甲は関節の動きを妨げないよう緻密に分割され、
まるで彼女の身体そのものが機械へと昇華したかのようだった。

無駄な装飾はない。
そこにあるのは、志穂が戦うために必要な機能だけ。

それが――
マーシャル・ゼニス。

戦場での彼女は、鋼のように強く、舞うように美しかった。
跳躍の瞬間、
背部のユニットが低く唸りを上げる。

腰部から脚部にかけての装甲は最小限に抑えられ、
人体の曲線をなぞるように配置されていた。

それは防御を捨てた設計ではない。
機動性を極限まで優先した結果だった。

戦闘員を倒す。だが倒したあと、必ず立ち止まる。

倒れた相手に最後の一撃を与えるのではなく
志穂は膝をつき、静かに声をかける。

「終わりよ。もう戦わなくていい」
「生きなさい。やり直せるなら、それが一番いい」

それは甘さではない。
志穂にとって正義とは、「勝つこと」ではなく、
「守り抜くこと」だった。

――弱い者を。
――明日を。
――そして、できるなら敵さえも。

そんな志穂の背中を、ひとりの少女が見つめていた。

エリカ。

孤児だった彼女を拾い、守り、育てたのは志穂だった。
血の繋がりはない。だが、二人の間には確かな絆があった。

エリカは志穂を「先生」と呼ぶ。

それは敬意であり、憧れであり――
何より、彼女の世界の中心を示す呼び名だった。

志穂の私生活は質素だった。
豪邸も、贅沢もない。

戦いが終われば、黙ってスーツを整備し、傷を手当てし、
次の日にはまた訓練をする。

エリカも同じだった。

朝は走る。
昼は格闘。
夜は座学と反復。

倒れても、立ち上がる。
それが当たり前のように。

「エリカ、今日はここまで」
志穂が言っても、エリカは首を横に振る。

「まだやれます」
「先生みたいに強くなるには、足りません」

志穂は困ったように笑った。

「強さだけじゃないわ」
「大事なのは、心よ」

「心……」

「正義はね、簡単に壊れるの」
「怒りや憎しみに飲まれたら、すぐ正しいつもりの悪になる」

志穂はエリカの目を見て、ゆっくりと言った。

「だから、絶対に忘れないで」
「弱い人を守るために強くなるの」
「自分が気持ちよくなるために、力を使っちゃだめ」

エリカは真剣に頷いた。

「はい。先生」
「私は、先生みたいになります」

その言葉に、志穂は少しだけ胸が締め付けられた。
嬉しいのに、怖い。

――この子は本当に、私の背中を追ってしまう。
――この子にも、痛みと孤独を背負わせてしまう。

それでも志穂は、言うべき言葉を選んだ。

「エリカ」
「私みたいになる必要はないのよ」

「え……?」

「貴女は貴女の正義でいい」
「私を超えて、新しい時代の光になりなさい」

エリカは少し驚いた顔をして、
それから小さく笑った。

「……先生って、ずるい」
「そんなこと言われたら、もっと頑張りたくなるじゃないですか」

志穂も笑った。

「じゃあ、ほどほどに頑張りなさい」

「嫌です」

「頑固ね」

「先生の弟子ですから」

その日、志穂はひとつだけ確信した。

この子は強くなる。
誰よりも、まっすぐに。

だからこそ――
いつか、何かの拍子に折れてしまったら怖い。

志穂は胸の奥に小さな影を感じながらも、
それを振り払うようにエリカの頭を軽く撫でた。

「さあ、帰りましょう」
「明日も早いわよ」

「はい、先生」

夕暮れの街に、二人の影が伸びる。
その距離は近く、温かく、確かなものだった。

まだこの時は――
すべてが、正しく進んでいるように見えた。

ACT-2

志穂は、強かった。
誰よりも強く、誰よりも優しかった。

装甲スーツ「マーシャル・ゼニス」を纏い、
レギオンの戦闘員たちを倒しても――命は奪わない。
勝ち取るのは勝利ではなく、「更生」だった。

それが志穂というヒロインの信条であり、
世界が彼女に抱く希望の形だった。

だが、戦いの年月は、少しずつ確実に彼女から奪っていった。

若さ。
回復力。
そして――「無理が効く身体」

本人だけが気づいていた。

「一晩寝れば治っていた痛み」が、翌日も残る。
「数秒で整っていた呼吸」が、戻らない。
何より、戦闘中に起きる「わずかな遅れ」が増えた。

ほんのわずか。
誰も気づかないほどのズレ。

だが戦場では、そのわずかが命取りになる。

志穂は、それを隠した。

エリカの前では、いつも通りに振る舞った。
笑って、撫でて、叱って、励まして。

「先生、無理してませんか?」

エリカがそう言った時も、志穂は軽く肩をすくめるだけだった。

「何言ってるの。私はまだまだ現役よ」

嘘ではなかった。
戦える。勝てる。守れる。

ただし――「昔と同じようには」いかない。

志穂はその事実を、誰にも悟らせたくなかった。

その日も、戦場はいつもと同じだった。

レギオンの強化戦闘員が市街地に出現し、
避難誘導のサイレンが鳴る。
市民が逃げ惑い、ビルの影から恐怖の視線が向けられる。

志穂は一歩前へ出た。

「大丈夫。ここから先は、私が止める」

その声を聞くだけで、人々の顔が少しだけ落ち着く。
志穂はそれを背に受け、ゼニスの装甲を軋ませながら走った。

強化戦闘員は武器を振り回し、瓦礫も投げつけてくる。
志穂は躱し、踏み込み、関節を狙い、
最小限の打撃で無力化していく。

動きは美しく、迷いがない。
それでも――志穂は気づいていた。

(息が……重い)

戦闘中に、呼吸が乱れる。
喉が焼けるように痛む。
胸が内側から圧迫される感覚。

それでも、表情は崩さない。

ヒロインは、市民の前で弱ってはいけない。

強化戦闘員がよろめき、膝をつく。

志穂は決着の距離へ入った。

(ここで終わらせる)

志穂の拳が振り上がる。
強化戦闘員の意識を刈り取る、
正確で優しい一撃――のはずだった。

その瞬間。

視界が、一度だけ暗転した。

「……っ!?」

肺が、潰れるように痛んだ。
呼吸が止まり、身体が固まる。
脚が、遅れる。

――踏み込みが、半拍遅い。

それだけだった。
それだけで十分だった。

強化戦闘員の腕が唸りを上げ、志穂の横腹へ直撃する。

「ぐっ……!」

装甲が衝撃を吸収する。
だが吸収しきれない振動が、内臓を揺らす。

志穂は数メートル吹き飛び、地面に膝をついた。

(……立て……)

立とうとする。
だが、脚に力が入らない。

志穂は初めて、戦場で「膝をついたまま」顔を上げた。

強化戦闘員がこちらへ向かってくる。
ゆっくりと、確実に。

トドメを刺す距離。

志穂の脳裏をよぎったのは、自分の敗北ではなかった。
ここで倒れたら、市民が傷つく、
そして――エリカが戦う未来が歪む。

(まだ……終われない)

志穂は歯を食いしばり、腕に力を込める。
しかし視界が揺れて、身体が言うことをきかない。

強化戦闘員が腕を振り上げた、その時――

「先生ぇぇっ!!」

叫び声と一緒に、誰かが割り込んできた。

エリカだった。
スーツも装甲もない、ただの生身の身体で。

「やめろ!!」

無茶だった。
強化戦闘員の一撃が当たれば、ひとたまりもない。

だが強化戦闘員は、反射的にそちらへ視線を向けた。
「獲物」が増えたとでも言うように。

「……っ、エリカ!!」

志穂の喉が裂けるほどの叫び。

エリカは震えながらも、強化戦闘員の前に立った。
両腕を広げて、志穂を庇うように。

「先生に……触るな……!」

強化戦闘員の腕が、エリカへ向けて振り上がる。

――その瞬間。

志穂の目が変わった。

(まだ……終わらない)

志穂は歯を食いしばり、残った力を脚へ叩き込む。
痛みで視界が白くなる。

それでも立ち上がる。

「ゼニス……ッ!」

踏み込み。
拳が走る。

強化戦闘員の急所へ、寸分違わぬ一撃。

衝撃音。
強化戦闘員の巨体が崩れ落ちる。

戦いは、終わった。

エリカはすぐに志穂へ駆け寄った。

「先生、大丈夫ですか!?」

志穂は、立ち上がろうとした。
いつも通りに、立ってみせようとした。

だが、脚が言うことをきかなかった。

エリカの腕が志穂を支える。
その温度が、やけに現実的で――志穂の胸を刺した。

「……ごめんなさい」

志穂は、思わず言ってしまった。

エリカの目が見開かれる。

「先生、謝らないでください!」
「先生が守ってくれたから、今の私が――」

「違うの」

志穂は首を振る。

「私は……あなたに守られた」

言葉にした瞬間、心の奥の何かが崩れた。

敗北感ではない。

「終わりを認めた」痛みだった。

夜。

志穂は整備室で、ゼニスの装甲を外していた。

傷だらけの金属。
何度も貼り替えた補強材。
修復の跡が、まるで年輪のように刻まれている。

志穂は静かに息を吐く。

「……私は、もう」

その言葉の続きを、口にするのが怖かった。

だが、志穂は目を閉じて、決める。

(私が引くべきだ)

戦場は、志穂のものではなくなった。
次の時代が来ている。

そして――その中心に立つべき人がいる。

翌日。

志穂はエリカを自室に呼んだ。

「座って」

エリカは少し緊張しながら椅子に座る。
志穂は彼女の向かいに立ち、ゆっくり言った。

「エリカ。私は引退するわ」

「……え?」

一瞬、時間が止まったような顔。

「冗談ですよね……先生」

「冗談じゃない」

志穂は目を逸らさず言う。

「昨日、私は膝をついた。
戦場で膝をつくってことは、終わりなのよ。
そして、私が戦えなくなれば……市民が傷つく」

エリカは立ち上がり、懸命に言う。

「先生はまだ戦えます!私が支えます、だから――」

志穂は首を振った。

「支えられて戦うヒロインなんて、ヒロインじゃない」

その言葉に、エリカの瞳が揺れる。

志穂は柔らかく笑った。

「大丈夫。泣かないで。
私は負けたんじゃない。……勝ったの」

「先生……?」

「あなたが、ここまで育った。
それが私の勝ち」

志穂は、布に包まれた小さなケースを差し出した。

「これを受け取って」

エリカが開くと、中にはスーツの起動キーと、
データコアが入っている。

「マーシャル・ナディア」

志穂は続けた。

「ゼニスの戦闘データ、私の経験、私の意志……
全部入ってる」

エリカの手が震える。

「私なんかに……」

「あなたにしか、託せない」

志穂は、そっとエリカの肩に手を置いた。

「あなたは私より強い。
私より正しい。
私より優しい」

エリカの目に涙が溜まる。

「先生……私、先生みたいになれますか?」

志穂は、少しだけ間を置いて言った。

「なれる」

そして、優しく付け加えた。

「いいえ。
あなたは――私より立派なヒロインになれる」

エリカは泣きながら、頷いた。

「……はい!先生の教えを守ります!」
「命を奪わない。誰も見捨てない。正義を貫く!」

志穂は微笑んで頷く。

「頼んだわ、エリカ」

こうして志穂は引退し、エリカが「新しい光」として戦い始める。

志穂は遠くからその姿を見守りながら、胸の奥で祈っていた。

(どうか……この子が、壊れませんように)

ACT-3

地下闘技場の噂は、偶然エリカの耳に入った。
「人を戦わせてギャンブルをしている」
「負けた方は……二度と戻れない」

そんな話を聞けば、疑う余地はない。
レギオンの仕業だ。

エリカは一人で潜入した。
マーシャル・ナディアを纏い、影に溶けるように地下へ降りる。
――だが。

エリカが見たのは、
想像していたものとはまるで違う光景だった。
歓声を上げていたのは、市民だった。

リングの檻に押し込まれ、鎖で繋がれた戦闘員たち。
彼らは傷だらけで、まともに立つことすらできない。
それでも鞭で叩かれ、無理やり戦わされていた。

観客席では、酒を飲みながら笑う者。
札束を振り回し、勝敗に賭ける者。
負けた方に向かって、平気で石を投げる者。

その中に、エリカは見覚えのある顔を見つけた。
地上で助けた市民。
避難誘導した市民。
涙を流して感謝していた市民。

「……どうして」

エリカの声は震えた。

「あなたたち、何をしてるの……?」

返ってきたのは嘲笑だった。

「は?何って、娯楽だろ」
「だって戦闘員だぞ?人じゃねえじゃん」
「ヒロインが倒してくれるから、こっちは安心して遊べるんだよ」

エリカは一歩、前に出た。
怒りよりも先に、困惑が胸を満たす。

「違う……」
「命を弄ぶのは、正義じゃない……!」

その瞬間。

観客の一人が、リングの中の戦闘員に唾を吐いた。
別の男が笑いながら言った。

「そいつ、負けたらお楽しみに回せ」
「泣いて頼んでも、誰も助けに来ないって顔が最高なんだよ」

エリカの中で、何かが切れた。

「……そう」

静かな声だった。
まるで、決定事項を口にするように。

「あなたたちは――」
エリカが、ゆっくりと顔を上げた。

その瞳には、もう迷いはなかった。
冷たく、乾ききった光だけが宿っている。

「……救う価値がない」

白銀の装甲が、悲鳴を上げるように軋む。
亀裂の隙間から、黒い脈動が滲み出した。

それは変身ではない。
堕落だった。

かつて人々を護ったマーシャル・ナディアの面影は、
そこには、もうなかった。

闘技場にいた者たちは、その変化の意味を理解できなかった。
気づいた時には、遅い。

黒い影が走り、悲鳴が上がる。
賭け札が宙を舞い、赤いしぶきが舞い上がる。

エリカは止まらなかった。
涙も、躊躇も、そこにはない。

ただ、壊れた正義だけがあった。

そして――

数日後。
テレビのニュースが、その事件を大々的に報じた。

地下闘技場で発見された、数十名の変わり果てた姿。
被疑者は不明。
ただ、現場に残された「黒い繊維片」

そして目撃証言。

「黒いヒロインがいた」
「ナディアに似ていた」
「でも……あれは、違った」

志穂は、画面の前で固まっていた。

「……エリカ?」

胸が痛む。
指先が震える。
自分の中で、言葉が崩れていく。

――私が育てた弟子が。
――私が託した希望が。

志穂は立ち上がった。
目は、もう迷っていない。

「止めなきゃ……」

棚の奥。
封印するようにしまっていた

マーシャル・ゼニス。

かつて、ヒロインとして戦った証。
もう二度と着ないと決めたはずの鎧。

志穂はそれを開き、静かに装着した。

そして――
闇に堕ちた弟子の前に立つことを、決めた。

ACT-4

志穂はスーツを装着し、深く息を吐いた。
胸の奥で、まだ何かが痛んでいる。
それでも――立ち止まれなかった。

マーシャル・ゼニス。
かつてヒロインとして戦った装甲。
もう二度と着ないと誓った鎧。

だが今は、違う。

「……エリカを止めるのは、私の役目」

その瞬間だった。

ピ、と通信音。
端末に表示されたのは、見慣れた名前。

――エリカ。

志穂の指が止まる。
胸が嫌な音を立てる。

恐る恐る通話を開くと、スピーカーから流れた声は、
冷たく、よく通った。

『先生。レギオン本部に来て』

「……エリカ。あなた、何を――」

『来ないなら、市民を選ばずに壊すよ』

その言葉に、志穂は絶句した。

「脅し……なの?」

『脅しじゃない。宣言』

一切の迷いがない声。
志穂は、そこで理解してしまった。

もう、以前のエリカではない。

『私は先生の教えを守った』

エリカは淡々と続ける。

『弱い者を守って、悪を更生させて……』

『でも、あの地下で見たものが答えだった』

『先生に教わったことは、全部ムダだった』

志穂は唇を噛みしめた。
言葉が出ない。出してはいけない気がした。

『あいつらは守る価値のない存在だった』

『だから私は、守る側をやめたの』

『今度は――支配する側になる』

志穂の背中に、冷たい汗が伝った。

「……本部に行けば、あなたは止まるの?」

『止まるよ』

一瞬、間が空いた。

『先生が、私を止められたらね』

その声は、挑発でもなく、怒りでもなく。
ただ事実のように響いた。

通信が切れる。

志穂は端末を握りしめたまま、数秒動けなかった。

(……エリカ)

(私のせいだ)

(私が、甘かった)

でも――だからこそ

「……行くわ」

「待ってなさい、エリカ」

志穂はレギオンの本部に向かった。
戦闘員たちは襲い掛かる事もなく、志穂を案内する。
広いホールの中央に、彼女は立っていた。

黒い装甲。
闇を纏ったスーツ。

「……エリカ」

志穂が呼ぶと、エリカはゆっくり振り返った。

その顔は、変わっていない。
志穂が知る、あの少女のまま。

ただ――目だけが違った。
冷たく、底が見えない。

「先生。来てくれたんですね」

「あなたが呼んだんでしょう」

志穂は一歩踏み出す。

「どうして、こんなことをするの。あなたは――」

「先生」

エリカが、遮る。

「私に説教するつもりなら、やめた方がいいです」

志穂は言葉を止めた。

エリカは微笑んだ。
だがその笑みは、優しさではなく――嘲りだった。

「先生に教わったことは、全部ムダなことだった」

「……っ」

「正義?更生?愛?」

「そんな綺麗事を信じて、私は戦った」

エリカは腕を広げる。

「結果が、あれです」

「助けた人間が、助けた相手を壊して笑ってた」

「先生は、見ましたか?」

「あなたが守った市民が、どんな顔で賭け札を握ってたか」

志穂は視線を逸らさない。
逸らしたら、終わりだ。

「……それでも」

志穂は震える声で言う。

「それでも、あなたが壊していい理由にはならない」

エリカの目が細くなる。

「理由?」

「先生。私は復讐してるんじゃない」

「裁いてるんです」

その瞬間。
ホールの空気が変わった。

エリカのスーツが、黒く脈動する。

「先生」

「最後に、確認させて」

エリカは静かに言った。

「まだ守る価値があるって言えますか?」

志穂は答えた。

「……ある」

短く、強く。

その言葉に、エリカは小さく頷いた。

「そう」

「じゃあ――止めてみてください」


志穂の胸の奥が、熱くなる。
この子はもう、説得で戻らない。

なら――

(私が止める)

志穂は床を蹴った。

「――ゼニス!」

先制。
一気に距離を詰め、拳を振り抜く。
迷いのない、志穂の渾身の踏み込み。

だが。

エリカは、まるで風のように身を引いた。

志穂の拳が空を切る。
次の瞬間、背筋が冷たくなった。

(速い……!)

志穂が振り向くより早く、エリカの手が動く。

「……遅いですよ、先生」

軽い一撃。
ただの牽制のような拳。

――それなのに。

「ぐっ……!」

志穂の身体が浮いた。
装甲の内側まで衝撃が抜け、肺が潰れるように息が止まる。

(いまの攻撃で……!?)

志穂は着地して膝を曲げる。
足が、わずかに震えていた。

エリカは、何事もなかったように立っている。
息も乱れていない。

「先生、気づいてます?」

エリカが言う。

「そのゼニス。もう、身体に合ってない」

志穂は歯を食いしばった。

「黙りなさい……!」

再び踏み込む。
拳、肘、蹴り。
ゼニスの技術を叩き込むように、連続で攻める。

だが、当たらない。

エリカは最小限の動きでかわし続ける。
志穂の攻撃が、すべて「読まれている」感覚。

――当然だ。
エリカは志穂の弟子。
志穂の戦い方を、骨の髄まで知っている。

「無駄です」

エリカは一歩踏み出した。

その瞬間、空気が変わる。

(来る――!)

志穂が構え直す。
次の瞬間、闇が走った。

「っ……!!」

拳が、蹴りが、肘が。
見えないほど速い連打。

志穂は必死に受ける。
ガードする。
防ぐ――はずだった。

装甲が受け止めても、衝撃は身体の奥に残る。
腕が痺れていく。
呼吸が乱れる。
視界が、少しずつ揺れる。

(追いつけない……!)

ガードが半拍遅れる。

「――っ!」

肩口に衝撃。
装甲が軋み、志穂の身体がよろける。

「ぐ……!」

さらに腹。
さらに脇腹。
さらに脚。

「……くっ!」

耐えようとする。
立っていようとする。

でも、身体が言うことを聞かない。

志穂は、少しずつ押し込まれていった。

エリカは止まらない。
攻撃のテンポが落ちない。
むしろ、確実に仕留めに来ている。

「先生」

エリカの声が、冷たい。

「先生は、いつもそうだった」
「守る、守るって言いながら――」

「黙りなさい……!」

志穂が叫ぶ。

「私は……!」

その言葉の続きを言う前に、拳が来た。

「――っ!!」

胸に衝撃。
息が吐き出される。
膝が、床に触れた。

(……膝を……ついた……)

志穂の視界に、床の模様が映る。
あの日の記憶がよぎる。

――引退を決めた日。
戦場で膝をついた、あの瞬間。

志穂は震える腕を支えに、立ち上がろうとする。

だが、エリカは容赦しない。

志穂の髪を掴むようにして顔を上げさせ、囁いた。

「先生」
「先生の正義は、ここで終わりです」

志穂の胸が痛んだ。
怒りではない。
悲しみでもない。

ただ、耐えがたい現実。

(……ここまでなの?)

(私が育てた子に……)

志穂は歯を食いしばり、顔を上げた。

「……まだ」

志穂の瞳が、揺れながらも光を宿す。

「まだ……終わらない」

エリカが、少しだけ目を細める。

「その目」
「まだ希望を見てるんですね」

志穂は息を吸う。
胸の奥の、封印していたものに手を伸ばす。

――使わないと誓った。
――伝授しなかった。
――命を奪わないために、封じた技を使う時が来た。

(でも……今は)

(この子を止めないと)

志穂はゆっくりと立ち上がった。
全エネルギーを一点に集める。

ゼニスの装甲が熱を帯び、微かに唸る。

「エリカ……」

志穂の声が震える。

「あなたを救うために」
「私は……私の誓いを壊す」

エリカが目を見開いた。

「……へぇ」

志穂は踏み込む。
まっすぐ、一直線。

「――ゼニス・ジャッジメント!!」

一撃。

空気が割れた。
ゼニスの拳が、ダーク・ナディアの胸を貫くように突き刺さる。

エリカの身体が、ほんの一瞬止まった。

「……っ」

志穂の胸が高鳴る。

(当たった……!)

(これなら……!)

だが。

次の瞬間、エリカが笑った。

「……素晴らしい」

志穂の背筋が凍った。

「まだ、こんなものを隠してたんですね」

エリカはゆっくりと顔を上げる。
装甲の表面が割れ、軋んでいる。

それでも――立っている。

「な……」

志穂の喉が震える。

「どうして……動けるの……?」

エリカは囁く。

「先生」

「今の私には」
「痛みすら、快楽なんです」

志穂の顔から血の気が引いた。

(……人間じゃない)

エリカは一歩踏み出す。

志穂は後退しようとする。
だが、脚が動かない。

限界だった。
秘儀の反動が、一気に押し寄せていた。

エリカは、志穂の目の前に立った。

「お返しです、先生」

エリカの掌に、闇が集まる。
光を吸い込み、音すら消すような黒。

――まずい。

志穂は歯を食いしばり、
とっさに両腕を交差させ、身を守ろうとする。

「ダーク・ナディア・エクリプス!」

闇が解き放たれた。

衝撃が、腕から全身へ突き抜ける。
ゼニスの前腕装甲が悲鳴を上げ、弾き飛ばされた。

防御は―― 一瞬で、砕け散る。

志穂の視界が黒に潰れる。
身体が宙に浮き、叩きつけられた。

「――あ、ぁ……ああああぁぁぁッ!!」

息ができない。
視界が揺れる。
耳鳴りがする。

そして――

志穂は床に伏した。
指一本、動かせない。

純白を誇った装甲は、黒い痕跡に覆われ、
無残なひび割れを晒していた。

関節部の隙間から覗く内部フレームが、
かつての完璧なシルエットを裏切る。
平和の象徴であったその輝きが、
破片となって地面に散らばっていく。
人を護るために作られたはずのスーツが、
今は彼女の身体を晒す檻になっていた。

エリカが、ゆっくりと近づく。

「先生」

その声は優しい。
だからこそ、恐ろしかった。

「先生は負けたんです」

志穂は唇を震わせる。
悔しさで、涙が滲む。

(……ごめんなさい、エリカ)

(止められなかった……)

ACT-5

エリカは倒れ伏した志穂へとゆっくり歩み寄った。
漆黒の指先が、傷ついたマーシャル・ゼニスの装甲をなぞり
志穂の柔らかな身体の輪郭を確かめるように這い回り始める。

「エリカ! 何を……っ!」

志穂の鋭い拒絶も、
今のエリカには心地よい音楽にしか聞こえない。

「先生……どんな気分です? 手塩にかけて育てた愛弟子に、
こんな風にされる気分は」

志穂は懸命に身体を捩るが、ダメージで力が入らない。
エリカの指先が装甲を這い回るたび、志穂の全身に戦慄が走る。

「……ん、ぁ……っ。」

「はぁ、はぁ……っ……エリカ……やめなさい……!」

志穂のか細い声に、エリカは冷ややかに目を細めた。

「先生……まだそんなことをおっしゃるのですか。
もうあなたには、私を止める力はないというのに」

エリカはそう言うと、迷いなく、
すでに砕けかけていたマーシャル・ゼニスの胸部装甲に手をかけた。

バキッ――

無機質な音とともに、
限界を迎えていた装甲を、容赦なくもぎ取る。
志穂を護り続けてきたそのパーツは、
今やエリカの手の中で、ただの瓦礫に成り果てていた。

露わになった志穂の胸元に、エリカは支配者の冷ややかな
視線を突き刺した。

エリカは志穂の敏感な先端を、指でゆっくりとなぞり始めた。

「あぁ……っ、いや……っ……やめて……!」

志穂は――
エリカの前で、女の声を出してしまった。

「先生……可愛い声、出せるじゃないですか」

その一言が、志穂の胸を焼いた。
弟子に嬌声を聞かせた。
それだけで、誇りが剥がれていく。

エリカの手は止まらない。
志穂の熟れた身体を容赦なく確かめ、
支配するように撫で回し――
そして、優しく脇腹へと下がっていく。

「ぁ……っ、ふぅ……ん……っ、ぃゃ……」

志穂は手の甲を口元に当て、声を押し殺そうとする。
けれど吐息は止まらない。
漏れてしまう。

(久しぶりだから身体が敏感になってる)

「先生……カワイイ」

「もしかして……溜まってるの?」

志穂はギクッとした。

「なっ……馬鹿なこと言わないで!」

強く言い返す。
――けれど、図星だった。

「ふうん」

エリカは小さく笑い、志穂の太ももをゆっくりとなぞる。

「ぁっ……!」

志穂の身体が跳ねる。
拒絶の言葉とは裏腹に、反応だけが正直だった。

エリカは志穂の股に手を伸ばした。
そしてスーツの上から撫でる。

「せんせぇ、この中……今どうなっちゃってるんですかぁ?」

教え子とは思えない、粘りつくような甘い声。
志穂は顔を背け、歯を食いしばり、目を逸らす。

「どうも……なってないわよ」

と小さくつぶやいた、するとエリカは

「へぇ……じゃあ、見せてもらおうかな」

エリカはそう言い放つと、
志穂の下半身を護る、最深部の装甲へと指をかけた。

「あっ、やめっ……!」

志穂の悲鳴を遮るように、
次の瞬間、無機質な金属音が響く。

ひび割れ、歪みきっていた結合部は、
もはや抵抗する力を残していなかった。

金属が悲鳴を上げ、
長年、志穂の最も繊細な部分を頑なに守り続けてきた装甲は――
無残にもぎ取られ、地面へと落ちる。

防護を失い、秘部を晒された志穂は、
弾かれたように手で隠そうとする。
しかし、エリカはその両手首を無造作に掴み上げた。

「先生、隠さないで見せて下さいよぉ。……あれぇ?
嘘はいけませんよ。ここ、ビショビショじゃないですかぁ」

逃げ場を奪われ、一番見られたくない場所を晒されたまま、
エリカの嘲笑が突き刺さる。

「少し触られただけで、こんなになるんですかぁ。
よっぽど溜まってたんだぁ……。
寂しかったんですかぁ、先生?」

(悔しい……エリカに、こんな……
こんな無様なところを見られるなんて……!)

誇り高き師匠としての姿はどこにもなく、
志穂は悔しさのあまり涙を滲ませ、
ただ震えることしかできなかった。

「ふふっ、じゃあ……ココを触ったらどうなっちゃうのかなぁ?」

エリカは志穂の突起物を指先でピンと弾いた。

「ああっ! だめぇ……っ!」

志穂の身体が弓なりに跳ねた。

「せんせぇ、ちょっと触っただけですよぉ、大袈裟ですねぇ」

エリカは小馬鹿にするように言い放つと、
さらに粘りつくような指の動きでなぞる

「いやぁ!ああっ!……ううっ……」

志穂の口からは嬌声が漏れ、
もはやかつての威厳は微塵もなかった。

(ああっ駄目‥‥‥これ以上は‥‥‥)

志穂が理性を繋ぎ止めようとする中、
エリカはその顔を覗き込み
心底楽しそうに、そして無邪気に微笑んだ。

「もっと触ってあげるね」

エリカはそのまま、指に力を込めて激しくこすり始めた。

「ああっ! だめぇ! エリカ、それ以上はだめぇ……っ!
いっ、いっちゃ……あぁっ!」

志穂の身体が、これまでにないほど大きく跳ねる。
ビクン、ビクンと、
自分の意志とは無関係に肢体が激しく震え、痙攣した。

「えー、せんせぇ、早いなぁ。つまんないの、もう少し耐えてよ」

エリカの冷めた声が、遠くで響く。
志穂は虚ろな視線で俯いた。
自分の表情が、もう以前のものではないと悟りながら。

気づけばエリカの指先が、志穂の内側へと触れていく。
濡れた熱を確かめるように、ゆっくりと――だが確実に。

「……っ、ぁ……」

志穂は喉の奥で声を潰した。

けれど、身体は言うことを聞かない。

「先生、ほら……震えてる」

エリカが囁く。
その声は甘いのに、残酷だった。

志穂は必死に首を振る。

「ちが……っ、そんな……っ……」

否定の言葉は、吐息に崩れた。
腰が、ほんのわずかに浮く。

自分でも止められない反射が、羞恥を何倍にもする。

エリカはそれを見逃さない。

「ふふ……先生って、正義のヒロインなのに」
「こんなところ、こんなに素直なんだ」

指先が、ゆっくりと沈んでいく。
境界をなぞるように、押し広げるように。
志穂の身体は、拒むどころか――受け入れてしまう。

「……や……っ……やめ……っ……」

声が震える。
怒りではない。
怖さでもない。

熱だ。
誇りを削られる感覚と一緒に、体内に広がる熱

志穂は歯を食いしばり、涙を滲ませた。

(違う……私は……こんな……)

だがエリカは、淡々と、執拗に。
志穂の弱いところを探っていく。

「先生」
「ここ……こんなに柔らかいんですね」

志穂の背中が反り、息が跳ねた。

「ぁ……っ、ふぅ……っ……!」

吐息が止まらない。
胸が上下し、脚が勝手に開こうとする。

エリカは、志穂の抵抗の残骸を踏みにじるように、
手首を掴み上げたまま囁いた。

「先生、見て」
「これ、あなたの身体が答えなんですよ」

(違う……私の意思じゃ……)

志穂は目を逸らす。
見られたくない。
こんな姿を、こんな反応を。

けれど、逃げられない。
エリカの指先が、志穂の奥の奥――
言葉にならない場所を捉えてしまう。

「――ああっ!!」

志穂の喉から、悲鳴に近い声が漏れた。

「せんせぇ……可愛い」
「もっと、鳴いて」

エリカの声は、愉悦に濡れている。

志穂は震えながら首を振る。

「だめ……っ……そんな……ああ……っ……いやぁ‥‥‥」

「せんせぇ……素直になろうよ」

エリカは無邪気に笑う。
そして、その笑顔のまま――容赦なく、志穂の内側を弄ぶ。

志穂の視界が白く滲む。
身体が勝手に跳ねる。
腰が、逃げようとして、
でも逆に追いかけるように動いてしまう。

(やめて……っ……)
(お願い……っ……)

懇願も虚しく、エリカは志穂の耳元に唇を寄せた。

「先生、もう戦えないね」
「ゼニスも、あなたも……全部、私の前では無力」

その言葉が、志穂の心を折った。

戦うための鎧。
誇りの象徴。
それが今、歪んだ舞台に引きずり出されている。

志穂は唇を噛み、涙をこぼした。

「……う……っ……」

「泣かないで」
「先生、気持ちいいんでしょ?」

「ちが……っ……!」

叫ぼうとしても、声が震えて掠れる。
エリカの指先が、さらに深く、
さらに正確に志穂を追い詰めていく。

志穂は――もう否定できない。

身体が、感じてしまっている。

(私……まだ……)

「ほら」
「先生、もう……止まらない」

エリカが指先の動きを変える。
速さではない。
焦らすように、逃がさないように、
志穂の最も弱い一点を何度もなぞる。

「あっあっあ、……っあ、あっあっ、あう、うぁっ」

志穂の声が艶を帯びる。
師匠の威厳が、砕ける。

「……エリカ……っ……やめ……っ……」

「やめない」
「だって先生、こんな顔してる」

エリカが覗き込む。
志穂の瞳は涙に濡れ、頬は紅潮し、唇は熱に震えていた。

――負けている。
完全に。

戦いだけじゃない。
身体も、心も。

エリカは満足げに笑った。

「先生」
「あなた、もう私に勝てない」

そして、最後の一押しのように――
志穂の内側を、決定的に突き崩す。

「――っ……!!」

志穂の全身が硬直した。
息が止まり、視界が揺れ、志穂は完全に折れた。

「うっ……もう、だめっ、だめだめだめっ!!! 
こんなの、やだぁ……あっ、あああっ、んんん~っ!!
イクーーーぅぅっ!!!!」

身体が大きく跳ね、震え続ける。
熱の余韻が、何度も何度も志穂を貫く。

志穂は崩れ落ちた。
戦士としてではなく、ただの女として。

装甲の破片の上で、無様に喘ぎ、涙を流しながら。

エリカは、そんな志穂の髪を撫でる。

優しく。
慈しむように。

「先生」
「これで終わりです」

志穂は答えられない。
否定も、反撃も、誓いも。

ただ、喉の奥から、かすれた吐息だけが漏れた。

そしてエリカは、勝者の声で告げる。

「――あなたはもう、私の前では戦えない」
「私が教えてあげる」
「正義が負けた後、どうなるのか」

その言葉が、志穂の中で静かに反響した。
何かを言い返そうとして、言葉が見つからない。
思考だけが、底へ沈んでいく。

(私はどこで間違えたの‥‥‥エリカ‥‥‥)

志穂の瞳から、光が消えていった。



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3人 がいいねと言ってます
みかん
師弟関係の描き方がいいですね。
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